「価格」の範囲を超える「価値」を引き出す仕事(モンケンの記事を読んで)

土曜の朝は、この記事から始まった感じあります。

【山本一郎】それぞれのモンケン。クラウドファンディングのあした

インディーの困難とクラウドファンディングの未来

資本主義、貨幣経済、どちらも大変に便利で、我々は多分にその恩恵を受けて生きていて、価値の測れないものにも価格を付けることができるようになったし、その半面「価格では表せない価値の存在」を常に突き付けられもしている。

この二つの記事を読んで思ったことは、記事中に出てくる登場人物が筆者のやまもとさんを含め、全てまっすぐであった、ということに尽きると思うのです。
それは、下記に引用するパラグラフが、とても象徴的でして。

 いや,充分完成してますから。もうすでに楽しそうですから。立派に動いているじゃないですか。で,飯田さんにも確認してみると「このぐらいの状態で”完成品だ”と思ってほしくてモンケン立ち上げたんじゃないので」。

ぼくのようなおおよそ中途半端な人間にはとても。

折り合い付けるの大好きなんですよ。ぼくは他人に何の期待もしないクセがあるので。誰かと誰かが妥協するポイントを見つけて結びつけるしかない。
価格の範囲に収める仕事はそんなに難しいことじゃない、誰にでもできる仕事だと思います。大して面白くもない。

でも、ここで価格の範囲を超える価値を引き出す仕事ですよ。

これは、クリエイターのクリエイションに全幅の信頼を置きつつ、数字を積む人の着地点も適える、範囲内から良い方向へはみ出させる仕事。
こういうのをプロデューサーができると、クリエイションとしても、ビジネスとしても、大変良いものを届けることができるのだなぁ、と。

そして、記事の筆者として「取材」をしながら、やまもといちろうさんという人はそういう「このプロジェクトに求められていたプロデューサー能力」を、はからずも発揮してしまった。その「ケンシロウが小指で秘孔を一突き」みたいなことが、大事だった。

たぶん、もやもやっと誰もが見えてたと思うんですよ。
「クラウドファンディングという手法が合ってなかっただけ」って。
それはクリエイションを突き詰めるってことからしたら、些細なことだったって。

だから、最後にきちんと(文章の構成として、ではあるけれど)クラウドファンディング企業に取材をして、

そういう文化を作り上げていくのも,あまり考えずプロジェクトをノリで立ち上げる勢いだけでなく,最後のところは作り手としての魂が一つひとつ集まって,そういう新しい形の資金調達を回していく文化を形作っていくんじゃあるまいか。

という示唆で締めてるんだなぁ、と。

ほんとうに、素敵な記事をありがとうございました。

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