ソーシャルゲームの無くなる日

【切込隊長】お前らの遊ぶソーシャルゲームのプロジェクト予算の7割は広告でできています(4Gamer.net)

ソーシャルゲームのブームはすぐ終わる(ぼくはまちちゃん!)

というわけで、ソーシャルゲームが終わる終わる言われている昨今、皆様いかがお過ごしでしょうか? 『日米中ソーシャルアプリビジネス調査報告書2010』という本の監修をしている僕からすると、猛烈にポジショントークをせざるを得ない!!!!1111

さて、言葉の話。例えば「オンラインゲーム」という言葉は、近いうちに無くなる。なぜなら、テレビゲームもアーケードゲームも、少なからずオンライン要素(カンタンな全国ランキングから、Co-opプレイ、MMOまでいろいろ)を搭載して、当たり前になってしまうからだ。むしろ、一人遊び用のゲームが「シングルプレイゲーム」と改めて呼ばれるようになっていくかもしれない。
すでになんとなくレベルで「オンラインゲーム」という言葉は、オンかオフかを区別するために使ってるんじゃなくって、MMOみたいな「仮想世界に人が集ってるコンテンツ」のことを指しつつあると思うし。

そして「ソーシャルゲーム」。現状の「SNSに集った人たち向けの友達遊び」というイメージはもちろんあって、やれ廃れるだの、友達同士で飽きちゃっただの、ソーシャルゲームなんてやってるの小学生までだよねー(…ウソです、やってるのは大人です)だの、プラットフォームたるSNSがコケたらそれで終わりだの、焼畑農法然としたビジネスだの、ゲームコンテンツとしての深みが足りない作業ゲーばっかりだの、プラットフォームの手数料が高いと結局コンテンツは残らないだの、「とりあえず儲かりそうだから参入しました」組と「コンシューマー系行き詰ってなんか仕事ないですか」組がガチバトルしてて混迷の時代になっているだの、Facebookが流行らない日本はやっぱりガラパゴスだの、まー、とにかく言われ放題。

言われ放題なんですがさっきの「オンラインゲーム」と同様に、「ソーシャルゲーム」というのをカテゴライズしなくなる日は、確かに来ると思う。ソーシャルかどうかってのは、ゲーム内で何をするか、っていう意味(スポーツゲーム、レースゲーム、っていうのは聞いただけでジャンル用語としてわかりやすいでしょう?)ではなく、状態を表現する言葉でしかないから。もう一つ言えば、良し悪し、「ソーシャルゲーム」という看板をつけることで初めてブームが(バブルが)演出されたようなものだから。

任天堂の「トモダチコレクション」、言わずもがな「ポケモン」、これらはソーシャルゲームだけど、わざわざそんなふうには呼ばなくてもいいわけで。呼ばなくったって「友達と何かするゲーム」はオン/オフ問わず(というより発想や企画をするときに、インターネット回線が繋がっているかどうかって意味のオンラインかオフラインかってのは意識してない)楽しいぞ、イケるぞ、儲かるぞ、っていうのはあるわけで。
いや、そういうのなくて、オンラインゲームだから、ソーシャルゲームだから、って看板だけで「儲かるぞ!」って熱にうなされてる人々はいると思うけど……。

そして言葉だけの問題じゃなくって、終わる(あるいは限界が来る)状態がみえていることが一つだけあって、それは、SNSベースだけの時代ではなくなるということ。先日、REALWORLDというサービスがプラットフォーム化を表明して(リンク先pdf)ちょっと話題になった。こういうふうに既にインターネット上に会員を保有している企業が、それをプラットフォームとして公開するっていうのはどんどん起こると思うし、そうなってくるとその上に乗るものでシングルプレイのゲームはまず有り得ない。

SNSではない(ソーシャルグラフはなく、会員が個々のみで存在する)サイトに乗っかっている「ソーシャルゲーム」は果たしてソーシャルゲームなのか?ソーシャル性はプラットフォームにあるべきでゲーム内のそれはソーシャルではないのか?みたいなよくわからない状態になりつつも、ソーシャルグラフとバーチャルグラフがどうだこうだ言っているうちに、あっという間に、ゲームにおいて「オンラインであること」が当たり前になったように、ソーシャル性みたいなのをゲームに含めるのも当たり前になると思います。そのときに「ソーシャルゲーム」ってわざわざ呼ぶってのは、無くなっちゃうと思う。

っていう当たり前のことを書いてみました。
次に儲けるために、ちょっとした将来には当たり前になってしまうものに、いかに「ソーシャルゲーム」みたいなマジックワードをつけようか、みたいなことをめちゃくちゃ積極的に考えていきたいです!

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